子なしらいふ。

11才年の差夫婦まや(私)とジンさん(夫)、愛猫メインクーン2にゃんの毎日。子供はいないけど楽しく生きてます!!

父との時間

 

 

konashilife-maya.com

 

続きです

 

ベットに横になってる父は

すごく痩せて老いていましたが

命に別状がある状態ではありませんでした

 

『意識があるうちに会っておけ』

私は兄にそう言われたんですが

完全に兄にしてやられたな、と思いました

 

私が東京に来るように

わざと大袈裟に父の事を言ったんです

 

でも結果的に父との再会を果たし

これをきっかけに私も父に

会いに行くようになりましたから

兄には、感謝しています

 

父の容態は回復に向かっていましたが

リハビリが必要な状態だったので

一度転院をして、半年近く入院をしていました

 

県外に住んでる私は何も出来ませんでしたが

なんとか時間とお金を作って

リハビリを頑張ってる父に会いに行きました

 

その時はもちろんジンさんも一緒です

ジンさんが私を東京まで連れてってくれました

 

でも病院ではいつもジンさんは車で待機です

 

『身体が大変な時に余計な心配をかけちゃいけない』

 

ジンさんの意向で

父への紹介は後回しにしました

 

当時ただただ運転手になって

東京での費用も一緒に出してくれたジンさん

今でも本当に感謝しています!!

 

数ヶ月して父の退院が決まったと

兄から連絡がありました

 

私はその時、兄にジンさんの事を話しました

 

兄からは『お前ももう大人だから』と

とくに何も言われませんでした

 

父には入院最後のお見舞いの時に

ジンさんの事を話しました

 

今一緒に暮らしてる人がいる

いずれ結婚しようと思ってる

退院したら会ってほしい

 

こんな内容を話したんですが

私の話を聞くと父はうつむき

目に手をあてながら

 

『そうか…よかった。それがいい…それがいい…』

と、小さな声で言ってくれました

 

ああ…心配かけてたんだな…

心底そう思いました

 

この話を職場の人にしたら

『当たり前でしょ!!ひとり娘が県外に1人でいて、心配しない親はいないでしょ!!』

と、怒られました…。

 

やっぱり私は最高に親不孝の娘です

 

それから父が退院して

すぐにジンさんを会わせました

 

父は1人で暮らせるくらいに回復はしましたが

軽い言語障害が残りました

 

簡単な会話なら出来るけど

以前のような意思疎通は難しくなりました

 

それでも私たちの話は全て理解し

丁寧にジンさんに頭を下げてくれました

 

約5年ぶりの実家は

部屋の様子は変わっていませんでしたが

父がずっと1人で住んでいたので

なんとなく寂しい雰囲気になっていました

 

母のお墓参りも

もう父1人で行くのは無理になったので

私たちが東京に行く度に一緒に行きました

 

そこから2年半

父と私とジンさんの3人の時間が始まりました

 

 

 

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