子なしらいふ。

11才年の差夫婦まや(私)とジンさん(夫)、愛猫メインクーン2にゃんの毎日。子供はいないけど楽しく生きてます!!

父との再会

 

konashilife-maya.com

 

続きです

 

父と小さな和解をした日から

私の気持ちはすごく楽になりました

 

電話はなかなか出来なかったけど

月に2~3回はメールでやり取りをして

お互いの生存確認をしている感じが続きました

 

メールの内容は近況報告と世間話で

お互いに重たい話は避けていた気がします

 

核心を突くような話題を出したら

きっとこのやり取りは終わってしまう

そして二度とお互い連絡は取らないだろう

 

なんとなく私はそう思っていました

 

メールと極々たまにの短い電話

そんな父とのやり取りは4年以上続きました

 

その間に私は職場の移動が3回あり

住む場所もその度に変わっていました

 

リーマンショックも経験しました

 

派遣の工場ワークには

とても痛い経験でしたが

なんとか仕事は繋がってくれて

最低限の生活は維持出来ていました

 

そして4年の間にジンさんとも出会いました

 

私が移動した現場で

リーダーをしていたのがジンさんです

 

まだ20代で若かった私の事を

色々気にかけてもらい

そのまま仲良くなりました

 

3回目の職場の移動の時に

ジンさんから『一緒にいよう』と言ってもらい

そのまま同棲を始めました

 

2人で暮らし2人で稼ぐようになってから

生活はすごく楽になりました

 

ジンさんは車を持っていたので

自然と行動範囲も広がって

私はそれまでで一番幸せな時間を過ごせていたと思います

 

ジンさんには父の事や実家での事は

全て話していました

 

ジンさんも色々あって地元を離れた人なので

私の気持ちを汲んでくれて

私が話さない限りは

実家の事には触れないでいてくれました

 

そしてジンさんとの同棲が2年近く経った頃です

 

父が倒れました

 

兄から電話があり

『親父が倒れた。お前も意識があるうちに会っておけ』

こんな事を言われました

 

パパが倒れた…

私は兄と電話をしながら固まってしまいました

 

どうしたらいいんだ!??

意識があるうちに会えって言われても…

 

私は頭が真っ白になって

しばらく動けなかったと思います

 

そんな私を東京まで連れてってくれたのは

ジンさんです

 

私から話を聞いて

すぐ仕事の方は休暇を取ってくれて

そのまま私を車に乗せて東京まで走ってくれました

 

あの時のジンさんは本当に早かったです

 

正直私は父が倒れたと言われても

まだ会う勇気も東京に戻る覚悟も出来ませんでした

 

でもそんな事を考える暇を

私に与えない速さで行動していました

 

ジンさんからは

『とにかく一度会った方がいい。絶対に後悔する。会ってやっぱり無理だと思ったら、その時に縁を切ればいい』

そう言って、車の中でずっと

私の手を握ってくれていました

 

東京までの数時間

ほとんど記憶はありません

たぶんすごく緊張していたんだと思います

 

兄から教えてもらった病院に着き

私は1人で病室に向かいました

 

するとそこには私が東京を離れた5年前より

かなり痩せた父がベットに横たわっていました

 

父はすぐ私に気づき

それは驚いた顔をしていました

 

そりゃそうです

5年間一切顔を見せず

たまのメールも内容のない会話ばかりで

ほとんど関わろうとして来なかった娘が

突然目の前に現れたんですから

 

私は父のベットら近づき

手を握って泣きながら『ごめんなさい』

って、言いました

 

父は年をとっていました

私が想像してたより老いていました

 

父から逃げていた時間は

自分が思っていたよりも

遥かに長かったと感じました

 

 

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