子なしらいふ。

11才年の差夫婦まや(私)とジンさん(夫)、愛猫メインクーン2にゃんの毎日。子供はいないけど楽しく生きてます!!

はじめての独り暮らしと着信の嵐

 

konashilife-maya.com

 

続きです

 

家を飛び出してからわずか2日で

私にとって初めての独り暮らしと

フルタイムの仕事が始まりました

 

工場での仕事は

1日中立ちっぱなしの検査作業で

今まで時短のバイトと

家事しかして来なかった私には

かなりきついものでしたが

とにかく自分で生きて行かなければいけない!!

その気持ちで必死に食らいついていました

 

残業も3時間近くある現場だったので

寮に戻る頃には21時を回っている事も多く

夕飯を食べてお風呂に入ったらすぐに寝る生活でした

 

誰も知り合いのいない土地での独り暮らし

心細さと寂しさを常に感じていましたが

 

でもそれ以上にあの家を出る事が出来た!!

これからは自分の自由に生活が出来る!!

その喜びと日々の仕事の疲れの方が

何倍にも勝っていて

くよくよする事はあまり無かったと思います

 

今思い出しても

本当によくやったなと、自分でも思います。笑

 

なんとか生きて行く場所を見つけた私は

毎日を必死に過ごしていましたが

その間、私の携帯には何通ものメールと着信が

ひっきりなしに届いていました

 

もちろん、父と兄、兄嫁さんからです

 

父からはそれはすごい数の着信が入ってました

まあ、当たり前かもしれません

突然娘がいなくなったのですから…。

 

私は事件性があると思われては困るので

兄と兄嫁さんそれぞれに

『もう限界なので家を出ます。探さないで下さい』

的な内容のメールだけ送りました

 

これで自分の意思で家を出た事がわかる

警察が動くようなおかしな事にはならないだろうと考えました

 

父には何も送れませんでした

遠く離れても、まだ父が怖かったのです

 

私がメールを送ってからは

兄と兄嫁さんからの

メールや着信は無くなりました

 

でも父からはずっと1日に何度も着信と

『連絡しろ』『帰って来い』の一言メールが届きました

 

私はそれを必死に見ないふりをして無視しました

 

父からの着信を見る度に

とんでもない事をしてしまったんだと

不安でいっぱいになりました

 

でも同時にとんでもない事をしたのだから

二度と実家には戻れない!!戻っちゃいけない!!

そんな気持ちにもなりました

 

仕事が忙しかったおかげもあって

余計な事を考える時間も少なく

気がついたら

 

もう帰らないんだからどうでもいいや!!

 

なんて開き直ってる自分がいました

 

この考えが正しいとは思いません

でもどうする事が正解だったのか

それは今もよくわからないです

 

ただ、当時の私は私を守った

限界だった自分を必死に逃がしてくれた

そう思っています

 

そのおかげで今の私の人生があるんです

 

家を出て2ヶ月を過ぎた辺りから

父からの連絡も少なくなっていきました

 

もう諦めてくれたのか!?

きっと父も冷静になっていったんだろうと思います

 

でも私はまだ父が怖いままで

連絡をするまでに半年以上かかりました

 

 

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