子なしらいふ。

11才年の差夫婦まや(私)とジンさん(夫)、愛猫メインクーン2にゃんの毎日。子供はいないけど楽しく生きてます!!

縛られる生活と歪んだ性格

 

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続きです

 

何も決められないまま

高校を卒業してしまった私は

とりあえずアルバイトを始めました

 

『働く事はない』と言っていた父も

それは認めてくれました

 

でも働くのは週に3~4日

時間は昼間の3~4時間の短時間

まるで今の主婦のパートのような働き方です

 

いや、今の方が働いてますね…

 

私が働ける条件は

父が出勤するまでは家にいて

父より早く家に帰っている事

 

家事に影響がない程度で

父がお休みの日曜日は原則出勤は不可

 

平日の3~4日だけ短時間でバイトをする私は

傍から見たらまともに仕事にも就かず

親のすねをかじって生きてる

ダメな子だと思われていたと思います

 

実際友達にも

『なんで就職しなかったの!?』

なんて言われた事が何度もあります

 

親戚からも

『将来の事ちゃんと考えなさい』

と、言われていました

 

でも私は笑ってその場を流すしかなかったです

父が怖くて働けないなんて

誰にも言えなかったし

言ってもわかってもらえないと思ってました

 

私はただ毎日

父の機嫌が悪くならないように

朝ごはんの用意をして

掃除洗濯をして

父が帰宅するまでには夕飯の支度をする

 

そして父を出迎える

これが絶対の日々を過ごしていました

 

時々、自分は一体何をしてるんだろう…

と、我に返る時もあったのですが

そんな時に思い出すのは亡くなった母の言葉でした

 

『まやちゃん、パパの事お願いね』

 

寂しそうに言った母のあの言葉

それを思い出す度に

 

私がこの家を出て行ったら

パパが1人になっちゃう。。。

 

そんな感情でいっぱいになって

自分は絶対にこの家を出てはいけない

当時の私はそんな風に自分を縛り付けていました

 

だからと言って毎日の生活に

納得をしてるわけでもなく

日に日に辛さは増していってました

 

そんな時です

さっさと家を出て行った兄から突然

『お前、月にいくらくらい稼いでるの!?』

と聞かれました

 

私はとくに何も考えず正直に答えたと思います

 

たぶん週3~4日のバイトなので

5万程度だっと思うんですが

それを聞いた兄は呆れた顔をして

『お前もっとちゃんとしろよ、何やってんだよ』

と、説教のような事を言い出しました

 

細かく何を言われたかは覚えてませんが

私はボーと話を聞きながら

『お前に何がわかんだよ、バーカ』

と、心の中で毒ついていました

 

私と兄は周りからは

わりと仲の良い兄弟に見られていたと思います

 

2人で出かける時もあったし

父の日や父の誕生日は

兄と一緒にプレゼントを用意したりしていました

 

でもこの頃の私は

きっともう兄が大嫌いでした

 

当時自覚があったかはわかりません

 

でも私は兄と会うと

笑顔を見せながら心の中では

『バーカ、消えろ』『死ね』

こんな事をずっと毒ついていたんです

 

絶対に口には出せない言葉

 

自分で思い出しながら書いてても

嫌な人間だなと思います

 

でも当時の自分を少し庇うとすれば

それだけ追いつめられていたんだと思います

 

私のこんな生活は

数年続くことになります