子なしらいふ。

11才年の差夫婦まや(私)とジンさん(夫)、愛猫メインクーン2にゃんの毎日。子供はいないけど楽しく生きてます!!

あの日の夜を忘れない

 

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続きです

 

私が家事をするのが当たり前になり過ぎると

もう誰からも感謝の言葉なんて言われなくなります

 

逆に作った料理に対して

こなした洗濯や掃除に対しての

ご注文や文句ばかりを言われるようになりました

 

毎日のようにそれが続くと

人間というのは麻痺をしていくようで

私は何を言われても反論せず

 

『次は何も言われないようにしないと』

なんて考えになって

怯えるように家の事をするようになっていました

 

そんな中学生の時の記憶の中で

私はある夜の事を今でも鮮明に覚えています

 

あれは寒い季節の日曜日の夜でした

 

母が入院中だったので

母のお見舞いに家族みんなで行き

家に帰って来たのが19時を少し過ぎていました

 

そこから私は急いで

父兄私の3人分の夕飯の支度を始めたんです

 

父と兄はキッチンに立つ私の事は気にもせず

2人でTVを見ながらビールを飲み始めていました

 

その日のメニューはお鍋でした

一生懸命お肉や野菜を切って鍋に入れて

父や兄が晩酌を始めてるテーブルに

鍋敷きや取り皿を1人で運んで…

 

本当に全部1人で準備してたんです

 

それでやっとお鍋が出来て

さあ、みんなで食べようとした時の

父の第一声が

 

『遅かったな…』

 

でした。。。

 

兄は何も言いませんでした

私も何も言い返しませんでした

 

そこからみんなでお鍋を食べ始めたんですが

なぜだか会話が私の生活態度の事になり

私が無言で食べながら聞いていると

 

『お前はいつも漫画ばかり読んでいる』

『もう少し要領よく動けないのか』

『大家族一家の上の子なんか見るともっとしっかりしてる』

『お前そんなんで高校生になれるのか』

 

こんな言葉を

私の作ったお鍋を食べながら

ずっと話してるんです

 

まだ中学生の私が1人で作った料理を

『美味しい』とも『ありがとう』とも言わず

ただ私の文句を言いながら2人は食べてるんです

 

家の事は何も手伝わない兄も

父と一緒になって私の批判をしていました

 

さすがにあの日の夜はひどかったと思う

今、こうして文字にしててもひどいと思う

 

もし、今タイムマシーンがあって

あの日の夜に今の私が行けるなら

迷わず行って当時の私を抱きしめたい

 

そして父と兄の飲んでるビールを

頭からぶっかけてやりたい

そんな気持ちになってしまいます

 

当時の私は何も言えず

無言で黙々とごはんを食べていました

 

さすがに涙が出そうになってたけど

それもこらえてました

 

泣くとそれさえも嫌味の対象になるからです

 

 

私は父と兄から嫌われていたんでしょうか!?

今となっては確認のしようがありません

 

きっと父も兄もあの夜の事は

覚えてなかったと思います

 

些細な日常の1つですから

 

でもこれはいじめと一緒のようなもので

やった方はすぐ忘れるけど

やられた方は忘れないんです

絶対に!!

 

実際私は20年以上経った今も

鮮明に言われた言葉を覚えています

 

そしてきっとこれからも忘れない

私の心のどこかで

小さくくすぶり続けるんだと思います

 

私は死ぬまで

あの日の夜の事は忘れないです